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岡山地方裁判所津山支部 昭和48年(ワ)85号 判決

原告

安本憲太郎

右訴訟代理人

吉川武英

被告

安東弘志

右訴訟代理人

柴田治

被告

和田純夫

右訴訟代理人

横林良昌

主文

1  被告安東弘志は原告に対し金七六一〇万八〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年四月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告和田純夫は訴外大一地所株式会社から別紙物件目録各記載の各土地に対する別紙登記目録一の1 二の1記載の各登記の訴外池田潤一から同各土地に対する同登記目録一の2ないし4二の2ないし4記載の各登記の各抹消登記手続を受けるのと引換に、原告に対し金四四三二万円を支払え。

3  原告の被告和田純夫に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用中、原告と被告安東弘志に生じた分は同被告の、原告と被告和田純夫間に生じた分は二分しその一を原告のその余を同被告の各負担とする。

事実《省略》

理由

第一被告両名関係

一保安林の指定について

〈証拠〉によれば、本件各土地はもと勝田郡北和気村、同南和気村の共有であつたものを久米郡柵原町を経て同三八年二月ころ被告和田が同町から買い受け、別紙物件目録一記載の土地については妻の訴外和田敦子名義に同目録二記載の土地については当初自己名義に次いで持分の四分の三を訴外和田新一ほか二名の者らの各名義にそれぞれ移転登記をしたものであること、その間の同三二年九月一〇日本件各土地について農林省告示第七七五号により土砂流出防備の目的のための保安林の指定がなされその後現在までその指定が解除されていないことおよびその解除が容易でないことならびに右指定にかかわらず登記簿上の地目は依然として山林と表示されたままになつていたことが認められる。

二被告和田同安東間の契約について

〈証拠〉によれば、被告安東は不動産業を営みかねてより訴外安東喜平らに依頼し転売利益のあがりそうな土地等を探していたこと、同四七年七月ころ同被告の依頼を受けた同訴外人と同訴外人の依頼を受けた訴外野口秀夫らから被告和田に対し本件各土地売渡意思の有無についての打診があり、これに対し、同被告は前記買受当時本件各土地が保安林の指定を受けていたものと考えていたがその後別紙別件目録一記載の土地に対する固定資産税が賦課されるようになつたことから同土地については保安林の指定が解除されたものと考えていたもので右訴外人らに同目録二記載の土地には保安林の指定があるかも知れないから調査してほしい旨付加し売渡意思のあることを伝えたこと、右訴外人らから被告和田の意向を聞いた被告安東はさつそく本件各土地買受の準備にとりかかり柵原町役場におもむき開発申請が可能なことを確かめるとともに所轄登記所で地目の調査をした結果同各土地が登記簿上いずれも山林と表示されていたことから同各土地には保安林の指定がないものと判断しその買受を決め同四七年一二月一〇日ころ被告和田から山林と表示して代金四四三二万円で買い受けたことが認められる。〈排斥証拠〉

三被告安東原告間の契約について

代金額および特約条項の点を除き原告が同四七年一二月二七日被告安東から本件各土地を山林と表示して買い受け同四八年三月二九日までに金七六一〇万八〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告安東は、前記のとおり、被告和田から買い受けた本件各土地を山林として転売すべくまず訴外石橋興産に売り込まんとしたが売買交渉に入らないまま同社の訴外内山克已および訴外大一興産の代表者中井利夫らから訴外佐用産業株式会社(不動産会社)の経営者をしている原告を紹介されたこと、原告は本件各土地を山林と信じ自ら開発しもしくは転売の目的で買い受けることを企図し、原告と同被告間において同各土地の売買交渉がもたれその結果同四七年一二月二一日ころ同人間で同各土地を山林と表示、売買代金額を坪当り単価三二〇〇円に二二五〇〇坪を乗じた価額で売買する旨合意し、ただ原告が転売した場合の税金対策上売買契約上の代金額を七六五〇万円とし原告は右代金の支払方法として自己振出の約束手形を振出交付したこと、しかしながら、原告において右契約手形を支払期日までに決済することが困難となりその支払期限の延期を申し出たことから被告安東の方から代金の値上の要求がなされその結果同四八年二月二五日ころ代金額を坪当り単価三三五〇円に二二七一九坪を乗じた七六一〇万八六五〇円に改めるとともにそのかわり実測面積が公簿面積に不足した場合のいわゆる買い増し条項等の特約条項を付加しその旨記載した不動産売買契約証書を作成しその日付を同四七年一二月二一日にさかのぼらせたことおよび原告は同四八年三月二九日ころまでに右代金を完済したことが認められる。〈排斥証拠〉

四本件紛争の発端

〈証拠〉によれば、原告は被告安東から本件各土地を買い受けた後の同四八年二月二五日ころ同各土地を訴外大一地所株式会社に山林として売り渡したこと、同年五月二五日ころ同訴外会社において開発の準備として同各土地の下刈りをはじめたところ所轄農林事務所から中止命令を受けたことおよびそれにより原告および同訴外会社ならびに被告安東らははじめて同各土地に保安林の指定がなされていたことを知つたことが認められる。

第二被告安東関係

本件各土地に対し保安林の指定がなされていたこと前記第一の一のとおりであるが、第一の二ないし四の認定の諸事実によれば、原告は同各土地を自ら開発もしくは転売の目的で山林と信じ買い受けそれを訴外大一地所株式会社に転売したのであるから同各土地が保安林に指定され森林法所定の法的規制が存するときは原告は買い受けの目的が達しないと推認するに難くはなく、そうだとすれば原告は被告安東に対しそれを理由に契約を解除しうるものと解するのが相当であるところ、原告が本件第九回口頭弁論期日において被告安東に対し同旨の契約の解除の意思表示をし同意思表示は同日同被告に到達したことは本件記録上明らかである。

右のとおり、被告安東原告間の本件各土地に関する売買契約は解除されたのであるから、原状回復義務として同被告は原告に対し受領済の売買代金七六一〇万八〇〇〇円の返還およびこれに対する最終受領日の翌日である昭和四八年三月三〇日以降完済まで民法所定年五分の割合による利息金の支払義務がある。

第三被告和田関係

一主位的請求について

本件各土地が同被告から被告安東に、被告安東から原告に各々譲渡されたことは当事者間に争いがなく、本件各土地が保安林の指定を受け現在まで解除されていないこと前記第一の一の、被告安東原告間において同各土地を山林と表示して売買したこと前記第一の三、四の各認定のとおりである。

原告は、被告安東は本件各土地が保安林であることを知りながら原告にこれを秘して山林と表示して転売し不法の利益を得ようとし、被告和田はこれを知りながら被告安東に対する買売代金を回収するためあえてこれを秘し原告に代金相当の損害を与えたと主張するので判断すると、被告安東が本件各土地を被告和田から買い受けるに際し別紙物件目録一記載の土地について山林と同目録二記載の土地について保安林の指定がなされているおそれがある旨告げられ同各土地について所轄役場および登記所に赴き調査した結果各登記簿共いずれも地目が山林と表示されたままになつていたことから山林と信じ山林として買い受け、更に山林と信じ原告に売渡したことも又前記第一の二ないし四認定のとおりであるから、原告のこの点の主張はその余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。

二予備的請求について

(一)  原告が被告安東に対し金七六一〇万八〇〇〇円の返還請求債権を有すること前記第二で判断したとおりである。

(二)  被告安東が昭和四七年一二月一〇日被告和田から本件各土地を代金四四三二万円で買い受け原告に転売したことは当事者間に争いがなく、本件各土地が保安林の指定を受けていたこと前記第一の一の、被告安東が本件各土地には保安、林の指定がないものと信じて転売の目的で買い受けたことおよび同四八年五月二五日ころ同各土地について保安林の指定がなされていることを知つたことも又前記第一の二、四認定のとおりである。

保安林の指定がなされれば原則として立木の伐採等が禁止される等法的規制があるから他に特段の事情のないかぎりその指定のある土地を転売の目的で買い受けるはずはないものと認めるべく、従つて前記認定の事実によれば被告安東は本件各土地が保安林の指定がなされているのにかかわらずこれを山林と信じ表示して買い受けたのであるから同売買契約は要素に錯誤があつたもので無効であるといえる。

(三)  被告和田はこの点について、表意者である被告安東に重大な過失がありそれが無効を主張し得ない旨争うが、なるほど被告安東が不動産業を営むものであること前記第一の二の認定のとおりであるが、被告和田から保安林の指定がなされている旨告げられたのが別紙物件目録第二記載の土地のみであること、被告安東は右土地を含む本件各土地について所轄役場および登記所において開発の可能なこと同各土地の登記簿上の地目が山林と表示されていたことを確認しいずれも保安林の指定がないと信じたこと前記第一の二認定のとおりであるから、同被告安東において保安林台帳の調査をしなかつた点において過失なしとしないが、同台帳に基づき登記簿の地目の変更が究極には職権で行われるべきものであることにかんがみれば同被告の過失は重大なものということができない。被告和田のこの点の主張は理由がない。

(四)  原告は被告安東に対し金七六一〇万八〇〇〇円の返還請求債権を有すること前記第二のとおりで、〈証拠〉によれば、被告安東は被告和田への代金の支払は原告より受領した金員を当てたものであること、被告安東は本件各土地を転売したことにより三〇〇〇余万円の金員を取得したがいずれも借金等の支払に当ててしまつたこと、現在同被告名義の資産として津山市川崎才ノ前八一番二九に26.51平方メートルの宅地があるがすでに任意競売手続中であること、同被告は現在津山市内等で警備保障会社を経営するがとうてい原告に対する右返還義務を履行する資力はないことが、弁論の全趣旨によれば、被告安東は被告和田との間の本件各土地売買契約の無効を主張し完済済の金四四三二万円の返還請求をしないがその請求を放棄したものとは見れないことがそれぞれ認められる。

もつとも、法律行為の要素の錯誤による無効は表意者を保護するもので、表意者が無効を主張する意思がない場合には原則として第三者がその主張をすることができなく、被告安東がその主張をしないこと前記認定のとおりであるが、本件は同被告に対する前記第二認定の債権を有する原告が債権の共同担保の保全のため必要かつやむを得ず行使するものでしかも同被告が返還請求権を放棄したものとは見られないこと右のとおりであるから、原告によるこの点の主張は許されるものと解するのが相当である。

(五)  同時履行の抗弁について

本件各土地が被告和田から被告安東に、次いで被告安東から原告に各譲渡されたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、原告が更に訴外大一地所株式会社に譲渡したこと前記第一の四認定のとおりで、右認定の事実および〈証拠〉によれば同各土地に対する所有権の移転登記は被告和田同安東原告訴外大一地所株式会社らの承諾のもとに同訴外会社に別紙登記目録一・二の各1記載の中間省略登記(登記の点は当事者間に争いがない。)がなされたことが認められる。そしてその後同各土地について同目録一、二の各2ないし4の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

ところで、売買契約が、要素に錯誤があり無効である場合においても売主買主の各返還義務につき特別の事情のないかぎり民法五三三条を類推適用すべきものと解するのが相当であり、前記説示の事実関係のもとにおいては返還義務として被告和田は受領済の代金四四三二万円の返還義務を負い、同義務と同各土地に対する大一地所株式会社同池田潤一らの前記別紙登記目録各記載の登記の抹消義務は同法五三三条の類推適用により同時履行の関係にたつものといわなければならない。被告和田のこの点の主張は理由があり、原告の同被告に対する無条件に右代金四四三二万円の返還を求める部分および遅延損害金の支払を求める部分は理由がない。

第四結論

以上説示のとおりであるので、被告安東は原告に対し金七六一〇万八〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年三月三〇日以降完済まで年五分の割合による利息金の支払義務があり原告の同被告に対する本訴請求は理由があるから認容することとし、被告和田は原告に対し本件各土地に対する別紙登記目録各記載の登記の抹消手続を受けるのと引換に金四四三二万円の支払義務があり原告の同被告に対する本訴請求は右の限度において正当であるので認容しその余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については原告と被告安東について生じた分は民訴法八九条を適用して同被告、原告と被告和田間について生じた分は同法九二条を適用して二分しその一を原告その余を同被告の各負担とし、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないことにし、主文のとおり判決する。

(近藤壽夫 田中俊夫)

物件目録、登記目録〈省略〉

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